前編はこちらです

そして今回のお悩みが…
「今、思ったんだけど週刊誌の記事って個人情報さらしていない?」
どれくらいプライベートがさらされているか、さあ『宴のあと』を読んでいきましょう。
この記事 こんな思いで書いています
結論を急ぐ人向けの記事ではありません。
中年期の迷いの中で、本を通して得た気づきを
言葉にしています。
※本の要点を先に知りたい方は、途中の見出しから読めます。
※ここからは、個人的な実感や迷いも含めて書いています。
Who are you? ~どんな内容?その①
95冊目はこちら!『宴のあと』(新潮社 1969年7月20日発売 2020年11月1日新装版)でございます。
三島が描く「都知事選」
引用:『宴のあと』(表紙帯)
エンタメと純文学の結晶
著者は三島由紀夫。1925年1月14日、東京都四谷区(現・新宿区)生まれ。1970年11月25日没。本名・平岡公威。学習院在学中、未成年での発表を避けるため同人誌関係者らにより筆名が考案。「三島」は静岡県三島市や駅名の印象に由来するという説がありますが確証はなく、「由紀夫」も響きや字面を重視して選ばれたとされています。学習院初等科から高等科を経て、東京帝国大学法学部を卒業。在学中より文才を高く評価され、文芸誌『文藝文化』に参加。卒業後は大蔵省に入省。作家活動に専念するため短期間で退職。戦後文学を代表する小説家・劇作家・評論家。代表作に『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』『豊饒の海』四部作など。晩年は思想と行動の一致を志し、自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺という衝撃的な最期を迎えます。
三島由紀夫は敬称略
理由は異次元だから!
政治と情事とは瓜二つだった。
都知事選をモデルとし、日本初のプライバシー裁判に。
引用:『宴のあと』(表紙裏)
プライバシー裁判の詳細は〚前編〛をどうぞ!

パパラッチの役を猫にやらせないでよアータ
この小説は硬度が高い恋愛小説。愛と信念のガチンコ対決。男と女、互いの「自己救済活動」が火花を散らす。生きざまは自分が選ぶ。そこに性別は関係ない。理想の人生、拓くのは己の腕のみ。
自己救済ってなあに?
自己救済とはもともと仏教における釈迦の教えにあるもので、修行により煩悩を断ち切り悟りを目指す、みたいな考え方です。転じて、自力で何かを行い自身の問題を解決する、また何かを成し遂げる的な意味合いで使用します。
◇究極の自己救済の果て!その一部始終はこちら!

河井あんり氏には後ほど再登場していただきます。
時代風景を含めた解説はこの後の「その②」にて!
三島由紀夫 言葉で世界を切り裂いた美の過激派
ここからは三島の小ネタコーナーです
ここからはこの本から引用・抜粋しまとめます。
「この物語はフィクションです」第1号!
「この物語はフィクションです」というあまりにも有名な断り書きの起点は『宴のあと』から。連載最終回で、実在人物との関係を否定する注意文が『中央公論』に掲載されたのが初出とされております。プライバシー侵害裁判をきっかけに、この表記はテレビドラマにも広まり、物語と現実を切り分ける慣習として定着しました。現在当たり前となった「フィクション宣言」は、文学裁判が生んだ副産物なのです。
これはおどろき!
本編『宴のあと』この後すぐ!
ちなみに、この後すぐ!みたいな放送告知はクロスプログラムといいます。これは番組と番組の間(ステーションブレイク)に、次の番組や他番組を短時間で告知・宣伝する編成手法で、テレビでは5〜15秒程度が一般的で、「この後は○○」「この後すぐ」といったナレーションが多く、ニュース番組では次の項目紹介となる場合もあります。
◇クロスプログラムのWikiです。
早熟の天才!
学習院高等科を首席で卒業。式に臨まれていた昭和天皇よりなんと恩賜の銀時計を拝受。16歳の時に全5章からなる短篇小説『花ざかりの森』を執筆。その後鎌倉に住む川端康成へ弟子入り。
普通の学校に陛下がいらっしゃったの?
学習院が旧宮内省外局として設置された国立学校で華族子弟の教育機関だったからだよ
滅びの美学『憂国』に秘められた思い
もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのような小説を読みたいと求めたら『憂国』の一編を読んでもらえればよい。(『花ざかりの森・憂国』<新潮文庫>解説)
引用:『眠れないほどおもしろいやばい文豪: こうして生まれたあの名作』(p30)
これはただの解説ではない。
生前、三島自身がこの作品を振り返ってこう書いています。本人が言っている。ならばそれ以上の言葉はいらない!
三島さん公認の作品なんだねすごいね!
驚きのポイントが若干ズレてるよお姉ちゃん!
「死の本質」の片鱗とは
三島はなぜ肉体を鍛えたのか
ネットで検索すると三島のムキムキなボディや、鍛えた理由が様々アップされていますが、おそらくこれが答えではないでしょうか。
書斎の哲学者が、いかに死を思ひめぐらしても、死の認識能力の前提をなす肉体的勇気と縁がなければ、つひにその本質の片鱗をもつかむことがないだろう。
引用:『眠れないほどおもしろいやばい文豪: こうして生まれたあの名作』(p31)
精神と肉体は強く結びついている。精神を鍛えるなら肉体も鍛えなければ駄目。三島が書斎を出て肉体改造に着手したのは、逆にそれだけ己の「死を思ひめぐらす」力は理想に近付いていていた証拠ではないでしょうか。
師・川端康成 その時の第一声
1970(昭和45)年11月15日。間接侵略に備える三島由紀夫が結成した民間防衛組織「楯の会」隊員4名とともに、東京の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に侵入。総監室に入り、益田総監を人質として拘束したうえで、バルコニーから隊員に向けて、自衛隊が憲法に縛られ国家意識を失っている現状を批判。クーデターを起こす演説をしたのち割腹自殺。師であった川端康成は「もったいない死に方をしたものです」と語ったそうです。
三島の中で肉体が精神に追いついたのでしょう

三島や川端がカラー写真になるよ!
三島由紀夫VS太宰治!天才対決の行方は…
ここで興味深いエピソードをどうぞ
東大在学中に三島はたった一度太宰に会う機会があった。
三島は太宰のデカダン(退廃的)な生活を「自意識過剰な自己戯作にすぎない」と批判していたので、太宰に会うことに対して、「懐に匕首を呑んで出かけるテロリスト的心境であった」と回顧している。
引用:『眠れないほどおもしろいやばい文豪: こうして生まれたあの名作』(p32)
太宰37歳三島21歳
太宰治
翌年『斜陽』発表
そんな現役バリバリの太宰に三島はこう言い放った。
パビリ「僕は太宰さんの文学はきらひなんです」
太宰「そんなことを言つたつて、かうして来てるんだから、やつぱり好きなんだよな。なあ、やつぱり好きなんだ」
さすが太宰。モテる理由が分かる!
自分に自信がある人しか言えないセリフ
というよりも人たらしで懐に入るのが上手な感じがしますね太宰は
ただ、私と太宰氏のちがひは、ひいては二人の文学のちがひは、私は金輪際、「かうして来てるんだから、好きなんだ」などとは言はないだらうことである。
引用:『眠れないほどおもしろいやばい文豪: こうして生まれたあの名作』(p32)
三島由紀夫が太宰治を嫌った理由は、自己憐憫や退廃を文学の中心に据える姿勢にありました。太宰の「弱さをさらす文学」は、三島には美や意志の放棄に見えたのでしょう。三島が肉体を鍛え始めたのは、言葉だけの文学への不信と、精神と肉体を一致させたいという欲求からでした。そこには、デカダンな生活を生の真実として肯定する太宰的態度への反発が確かにあり、三島は鍛え抜かれた身体によって、意志と美を実在化しようとしたわけです。
太宰は翌年38歳で玉川上水にて愛人だった山崎富栄と入水自殺しています。
よって二人の天才は、太宰に対して三島は自らの美学を示す機会はないまま、そして三島はあの日太宰に軽くあしらわれたままで二度と交わることはありませんでした。
ミーからいわせりゃこれは太宰の勝ち逃げねアータ
太宰はこちらで全力特集!
◇太宰治『人間失格』その魅力に迫ります!


Who are you? ~どんな内容?その②
お待たせしました
今回は結末まで言及します
ここからは『宴のあと』に本格的に迫ります!
『宴のあと』は、戦後日本を舞台に、政治と私生活が交錯する人間関係を描いた長編小説です。主人公は小石川界隈の高台にある政治家ご用達高級料理屋・雪後庵の主人、福沢かづ。年齢は50あまり。女でもむしゃぶりつきたくなる美しい肌と輝く目を保った、愛されることより愛することのほうが好きな「稀に見る女傑」。
そしてもう一人。かづの夫で、過去大臣を何度も歴任している大物政治家、元外相野口雄賢。雪後庵にて開催された「元同期の大臣のクラス会」霞弦会という集まりに参加した野口は、参加者が自慢話に似た昔話に花を咲かせる中て、唯一過去を語ることしなかった。静脈の一杯浮いた枯れた手を持つ、いまを生きる60を過ぎた男。
彼らの恋はきわめて徐に進行。正月に訪れた野口の自宅で初めて接吻。2月、奈良の御水取を見に行く旅で一つ寝床に寐(やす)み、3月、野口が知人にかづを紹介。5月28日結婚。
で、かづが結婚に求めたものが…
よかったこれで私も野口家の墓に入れる
事実、野口から離縁を脅された時に、
『離縁されたら……私は無縁仏になる』
引用:『宴のあと』(P148 )
そこに私はいませんって歌なかったっけ
吹きわたっている人の歌ね
この二人がやがてある年に行われた東京都知事選挙に巻き込まれます。相対する二つの政党、一つは保守党、もうひとつは革新党。ちなみに雪後庵は保守党のフィクサー永山元亀はじめ、与党議員の利用が多い。
保守党は自由民主党
革新党は日本社会党
実際に裁判を起こした有田八郎氏が戦った都知事選は二度。1955年と59年。有田氏は前回落選後に59年都知事選に再度臨むも落選。政界を引退します。物語の野口も同じ道を歩むので…
55年のほうか
どうして?
そして野口とかづの前に現れた、選挙運動の達人、山崎素一。東京都政への講義から実際の選挙の戦い方まで夫妻の知恵袋となりともに動く。
物語の舞台は「パラレルワールド」1959年の東京都知事選挙。保守党・飛田厳VS革新党・野口雄賢!
ということは、この時代は既に55年体制下の政治情勢だったわけねアータ
55年体制とは、1955年の保守合同と社会党再統一を起点に、自民党が長期政権を担い、社会党が最大野党として対抗する対決構図が続いた日本の政治体制。1993年の総選挙で自民党が分裂し過半数を失い、非自民党連立による細川内閣が成立したことで崩壊しました。
永遠の銀メダリスト、それが日本社会党。そこを彷彿とさせる革新党から野口雄賢は出馬を決め落選します。
物語はこの選挙を野口、いやかづがどう戦ったのか、そしてこの「宴のあと」にかづがどう再生していくのかが描かれます。真っ白な灰になった野口に対し、シン・女主人として再び立ち上がるかづ。
次からはモデルとなった方々と登場人物の比較に移ります
I like you! ~紹介する理由
プライバシー裁判の起因となった『宴のあと』。酷似している内容に加え、かづの選挙戦を考察します。
福沢かづ!雪後庵!そのモデルとなったのは…
50あまりの艶女・福沢かづのモデルとなったのが畔上輝井氏。東京・白金台に実在した高級料亭「般若苑」のやり手経営者。長野の貧農出身で三河屋、桂を経て般若苑社長となったのち、有田との結婚するも離婚。この般若苑は雪後庵として描かれる。実際、般若苑は政財界人や文化人が集う社交の場となっていた。般若苑は奈良・般若寺の庫裏を移築し邸宅したもの。雪後庵もまた作中で「京都のとある名刹から移された中雀門も、奈良の古い寺をそのまま移した玄関や客殿も」とあり、明らかに般若苑を参考に書かれています。
まんまや
有田八郎「それ、わしやないかい!」
そして野口雄賢のモデルとされ、三島由紀夫と出版社を相手取り、プライバシー侵害を理由に提訴したのが有田八郎氏。二度にわたる都知事選落選後政界を引退。その後1961年、自身の再婚と離婚が実際以上に脚色され、公に広まることで名誉や心情を損なうおそれを感じたことが理由。
由紀夫エグいわアータ
かづの自己救済①「都知事婦人に、私はなる!」
政治家と結婚する。雪後庵に泥棒が入る。夫が都知事選に出る。かづは生活の激情をいつも持していなければ生きてはゆけない、厄介な性格だと自認します。刺激こそ活力。そして目の前のイベントをクリアすることこそ「自己救済」となる訳です。そうなれば次なるミッションは都知事選の勝利。しかし野口雄賢・革新党は保守党の「何でもあり」の政治とは違った、水気の乏しい、禁欲の影があった。
つまり与党的ダーティ要素が薄い訳です
かづからしてみたら「ちゃんちゃら甘いわアンタ」みたいな感じなのでしょう。結局雪後庵を抵当に入れ、ガンガン金を使った選挙戦を展開します。まさに与党の戦術!
あれこれってあの人たちの選挙に似ていないアータ
再び登場!河井あんり氏&河井克行氏夫妻!

政党と政治家。選挙と金。妻と夫。陰謀と裏切り。事件の逮捕を経て、二人とも犯罪者となり本当の夫婦になるまでの赤裸々な告白。
これが私と夫の真実だ!
「どうしてお金なんて配るのよ。あなた、私の選挙をお金で汚したの?」ー河井あんり
「仕方ないじゃないか!これが自民党の選挙なんだ」ー河井克行
引用:『天国と地獄 選挙と金、逮捕と裁判の本当の話』
保守党の選挙を革新党の野口がやった…というかかづがやった。しかし敵は本家。かづを野口を騙し都知事婦人の座に納まろうとする悪辣女に仕立てた怪文書に、『野口雄賢、重態』『野口雄賢、危篤』というデマチラシのバラマキ、野口のポスターをはがして飛田を貼る行為(いいのかこれは?)。その圧倒的な資金力の差で追い詰められる野口&かづ。
妨害行為がせこいわアータ
こういうのがお金かかるんだね
かづの自己救済②「もう墓なんて入らない」
落選の野口雄賢は政治家引退を決意。色々あって選挙後に夫婦で引越しした新居は西武電鉄の花小金井駅から程近い小金井堤に面していた。
郊外の清澄な空気。散歩するふたり。「ああ、実に気持ちがいい」
ふしぎなことに、いつもかづの心をそそる墓の幻影が、今日は何の感興を起さない。
引用:『宴のあと』(P228 )
激情のかづ。まさにかづ劇場のネクストフェーズは抵当に入れていた雪後庵の再開だった。活力の命ずるまま駆ける。この活力の命令に抗うことはできない。しかしそれは野口家の墓からの別離、無縁塚への導きでもあった。
「致し方ございません。雪後庵は再開いたします。身を粉にして働いて、借金は必ず皆さんにお返しいたしますわ」
引用:『宴のあと』(P250 )
かっけー!
山崎素一、満場一致で助演男優賞獲得!
この物語の隠れMVPは野口雄賢とかづの選挙戦に、常に傍らにいた「選挙活動の達人」山崎素一でしょう。かづと山崎はいつしか戦友に近い関係となり互いを理解し合うようになります。
はじめて野口家でかづに会ってから1年間。野口が関白めいた発言を連発していた一方で山崎は常にかづを支えていました。
そして物語の終盤、かづは山崎の手を握ります。
それは友情でもなければ、まして恋愛でもない、二人の人間の間のわがままな関係で、山崎は無限に恕(ゆる)すことで、自分の客観性を保持してきたのであるから、かづだけがわがままだということはできなかった。(中略)それよりも山崎が感じたのは、かづの羽根蒲団みたいに柔らかな温かい手が、包み込んでいるふしぎな力だった。それは有無を言わせない不合理なあいまいな温かさで、強い破壊力をひそめていた。それは密度を以て肉を充たし、まことにそれ自体のかけがえのない重みと暖かさと、そして暗さを蔵していた。
やっとかづは手を離した。
引用:『宴のあと』(P241)
どうですか、天才三島ここにあり!太宰治にはない、地上4メートル上空の綱渡りに似た絶妙なバランス!
山崎はひそかにかづを想っていたのではないでしょうか
Present for you💐 ~揺さぶるフレーズ
物語の最後。かづが山崎に書いた手紙の返信。この文面をもって『宴のあと』は幕を閉じます。そこに非常に興味深い箇所があるので紹介します。
思えばあの選挙がなかったら、あなたは幸福を得られたかもしれず、野口氏も幸福であったかもしれません。しかし今にして思うのに、選挙があらゆる贋ものの幸福を打ち砕き、野口氏もあなたも、裸の人間を見せあうことになった点で、本当の意味で、不幸であったと言えないかもしれません。(中略)あなたはやはり暖かい血と人間らしい活力へ還って行かれるべきでしたろうし、野口氏も高潔な理想と美しい正義へ還って行かれるべきでしょう。残酷なようですが、第三者の目から見ると、すべては所を得、すべての鳥は塒(ねぐら)に還ったのです。
引用:『宴のあと』(P257)
選挙戦のあと別れる二人
一方で、『天国と地獄 選挙と金、逮捕と裁判の本当の話』を書いている最中に、あんり氏は医師から20年以上治療し続けた、鬱の完治を告げられる。そして夫である河井克行氏は『天国と地獄 選挙と金、逮捕と裁判の本当の話』の最後に本書に寄せて、として…
妻の言葉には、いつも力がある。僕の1160日に及んだ4畳弱の独房での日々。妻が書き送ってくれた言葉が心を保った。「これからあなたの人生は無限の可能性を持って広がっているのよ。あの空のようにね」。いま苦しみながらこの本を書き切った妻に僕は同じ言葉をお返ししたい。そして、本書を手に取ってくださった多くの方々の心に、どうか妻の言葉が届くことを願っている。
2025年4月20日 24回目の結婚記念日に
河井克行
引用:『天国と地獄 選挙と金、逮捕と裁判の本当の話』(p299)
こちらの夫婦は本当の夫婦になった!
幻冬舎の箕輪厚介氏の光文社提訴から『宴のあと』を読み、同じく選挙でお金をばらまいた河井夫妻の『天国と地獄 選挙と金、逮捕と裁判の本当の話』を歩いてみました。
こちらは期せずして幻冬舎の見城社長が発行人
2人が添い遂げるのか、別々の道を歩むのか。これ、要するに価値観の一致、または相違の問題なんでしょうね。
Thank you! ~55秒解決!
【今回の55秒解決】
「小説で描かれていた個所はほぼそのままだった。石田裁判長が触れた「プライバシー権侵害の要件は次の4点である」のうち、4.このような公開によって当該私人が現実に不快や不安の念を覚えたことに触れていると感じた」
箕輪さん頑張れ
Let’s try it! ~いまからできること
①自分に嘘をつかない選択をする。
②心が動く方に選択をする。
③自分のために選択をする。
シンプルですが主体性を持って人生を歩むことがポイントです!
箕輪厚介氏の最新ワークはこれ!

前澤友作さん登場!



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