この記事 こんな思いで書いています
この記事は、内容の要約よりも、
立ち止まった時期に、この本から何を
受け取ったかを中心に書いています。
※本の要点を先に知りたい方は、途中の見出しから読めます。
※ここからは、個人的な実感や迷いも含めて書いています。
Help me? ~いやあ、しんどいなあ
今回のお悩み:
「今、思ったんだけど週刊誌の記事って個人情報さらしていない?」
いい視点です
週刊誌ビジネスを終わらせたい!in2025
2025年7月25日のネットニュースで、翌26日に超有名編集者と人気インフルエンサーのよる禁断の不倫を某週刊誌が報じると話題になりました。「報道内容次第では編集者や所属メディア、インフルエンサー双方に大きな影響が及ぶ。某週刊誌は証拠重視の媒体で、決定的な写真や音声が存在し、致命的内容を含む可能性が噂されている」このようなものでした。
そして…
「ちょっと連日、なんかいろいろあって…」
引用:【独自】いけちゃん、箕輪厚介氏との不倫報道直前に明かしていた「4分半の肉声」…“意味深発言” 連発もオフ会は強行開催 | Smart FLASH/スマフラ[光文社週刊誌]
超有名編集者は箕輪厚介氏、人気インフルエンサーはいけちゃんということが明らかになります。
2025年7月、『Smart FLASH』が幻冬舎編集者・箕輪厚介氏とYouTuber・いけちゃんのお2人を写真付きで報道。箕輪氏は謝罪と説明を行い、中傷への法的対応や報道元への提訴も示唆。一方でいけちゃんは謝罪後、登録者数の減少や地域おこし協力隊の退任など、活動基盤に深刻な影響を受けました。
その後箕輪氏が動く!
Xでも
本当はもう落ち着いた話を騒がれたくないので訴えたくない気持ちもありました。 ただ弁護士チームとの打ち合わせで、タレントや社長はイメージがあるから訴えられない。でもそのせいで週刊誌が暴走している。イメージを気にしない箕輪さんくらいしかこの裁判は出来ないと言われ訴えることにしました。
引用:箕輪厚介@minowanowa11月17日
そしてYoutubeでも
ポイントは名誉棄損ではなくプライバシー侵害
箕輪氏の想い、その一言一句、余すことなくテロップにしています。人の人生を商品化、自分たちの金儲けのためだけにやる。そんな週刊誌を提訴。さすがカリスマ編集者、計算され尽くされた言葉の羅列に酔う!
報道の自由とか言いますが、そんな正義は何もありません。ただネットで煽って金儲けしたいだけです。物理的な暴力は傷害罪で捕まります。にも関わらず精神的な暴力はなぜ捕まらないのでしょうか。
引用:光文社を訴えました
殿のこと言ってるわアータ
一般論言ってるだけだよ!
そして動画開始3分15秒後、箕輪氏はあの裁判にも言及します!
1964年「宴のあと」という事件がありました。これは三島由紀夫が小説の中で、ある政治家の私生活を書いたものです。そしてその私生活を書いたことに対して裁判が起こされました。
引用:光文社を訴えました
私生活をばらされちゃったから怒ったわけね
そんな箕輪氏の行動に賛同の声が上がる!
◇REAL VALUE CLUB FOUNDERSも箕輪氏を応援!

殿も前 同じようなこと言ってたわアータ
日本芸能史上、頂点の記者会見。狂気と色気と高速回転のトーク。切り返し、すごみ、記者たちをたじろかせる覇気。そして笑いも忘れていない。
東京のラスボス ビートたけし氏!
この会見の殿カッコいいわアータ♡
片方で、言論の自由とか報道の自由ということで、写真雑誌が俺の周りをうろついていたんですけども、僕としても同じ自由だったらプライベートを守る自由というものがあるわけで、それに対して、具体的に行動に出たんですけど、その行動した過程において暴力を使ったり、たけし軍団を一緒に連れていったことに関しては反省しております。
引用:【ビートたけし】 フライデー襲撃事件 記者会見 – YouTube
フライデー襲撃事件は1986年12月9日に発生。写真週刊誌による執拗な私生活報道に抗議し、ビートたけし氏、そしてたけし軍団が講談社編集部に侵入し、暴行や器物損壊を起こした事件。たけし氏は後に逮捕・謹慎処分を受けた。この事件は、芸能人のプライバシーと週刊誌報道のあり方を社会的に問い直す象徴的出来事として、現在も語り継がれている。
なんと今から39年前!
いまでも同じようなことやってんのね
そら経済も停滞するわ
日本国中敵に回すぞ
プライバシー権=『人格権の核心』In 1964
ところで『宴のあと』事件って何なのよアータ
『宴のあと』出版後の裁判含めた一連の出来事を指します
三島由紀夫の小説『宴のあと』は、実在の政治家・有田八郎をモデルに私生活を描いたとして、1961年に有田本人が三島と新潮社を提訴しました。争点は、文学表現の自由が個人のプライバシー侵害を許すかどうかです。東京地裁は1964年、モデルが特定でき私生活が暴露されているとして原告勝訴と判断し、三島と出版社である新潮社を相手取り、損害賠償100万円と謝罪広告を求める訴えを東京地方裁判所で起こしました。日本で初めてプライバシー権が司法判断で認められた裁判です。
東京地裁の石田哲一裁判長の論述です
「小説なり映画なりがいかに芸術的価値においてみるべきものがあるとしても、そのことが当然にプライバシー侵害の違法性を阻却するものとは考えられない。それはプライバシーの価値と芸術的価値の基準とはまったく異質のものであり、法はそのいずれが優位に立つものとも決定できないからである。たとえば、無断で特定の女性の裸身をそれと判るような形式、方法で表現した芸術作品が、芸術的にいかに秀れていても、通常の女性の感受性として、そのような形の公開を欲しない社会では、やはりプライバシーの侵害であって、違法性を否定することはできない」
引用:宴のあと – Wikipedia
どういうこと?
つまり今回の箕輪氏のケースに当てはめれば、週刊誌の記事に価値があっても、プライバシー侵害になるのであれば違法性がある、という考えができるのでは?ということです。
おおっ
さらに…
石田裁判長は、「言論、表現の自由は絶対的なものではなく、他の名誉、信用、プライバシー等の法益を侵害しないかぎりにおいてその自由が保障されているものである」との判断を示し、「プライバシー権侵害の要件は次の4点である」と判示した。
1.私生活上の事実、またはそれらしく受け取られるおそれのある事柄であること
2.一般人の感受性を基準として当事者の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められるべき事柄 であること
3.一般の人にまだ知られていない事柄であること
4.このような公開によって当該私人が現実に不快や不安の念を覚えたこと
引用:宴のあと – Wikipedia
社会的影響力がある方々の不倫疑惑という「公共性も公益性もない」記事。これは日常退屈で報われない(と思っている)読者が「ざまーみろ」「いい気味だ」といった爽快感と「ええ?あの二人が?」「なになに面白そう!」的な好奇心を簡単に得るためだけのものです。
ただこれが蜜の味で、人によっては大吟醸で、霜降りで、辛さ10倍で。開店1時間前から並んででも食べたくなるような中毒性があって…
とにかくそんな記事に人はお金を払ってしまう。
勝てるでしょ箕輪さん!
『宴のあと』の判決を聞いた三島はどうだったのよアータ?
三島は『宴のあと』判決を、作家だけでなく言論人や読者全体を侮辱するものだと強く批判。悪徳週刊誌を取り締まるという社会的目的のために、文学作品まで同列に扱い、文化的価値を貶めた判断だと考えました。また裁判所は、文学を一つの全体として評価せず、私生活描写など一部分だけを切り取り、人格権の侵害として判断したと非難。これは文学の自律性を理解しない近視眼的な見方だ、と訴えています。
それこそ切り抜きみたいな捉え方をするなってことねアータ?
いまキャロが言ったように『宴のあと』事件とは「そこだけ切り取るなよもう」という三島の主張と「そこ書かれたら俺だってわかるだろうがこの野郎」という有田八郎氏の戦いだったのでしょう。
最終的にどうなったの?
三島側は1964年10月に控訴。しかし翌1965年(昭和40年)3月4日に原告の有田八郎氏が死去。これを受け、1966年(昭和41年)11月28日、有田氏の遺族と三島由紀夫・新潮社の間で和解が成立し、『宴のあと』は無修正で出版可能となりました。
「週刊誌は海軍である」
ここからは今回の提訴の考察です
ポイントはやはり「切り抜き」でしょうか
◇切り抜き論争に関してはこの記事をご覧ください!
キーワードとなる言葉に対し、世間一般が持っているイメージが「負」であったり「陰」であったり、どこかしらマイナスなものがあり、それが不特定多数の受け手のignition pointになることが多いように思う。
これが下の記事内で述べた切り抜きの性質です。
今回はこれをもう少し深く掘り下げます。

もう一度おさらいします
1964年に下された判決は「芸術的にいかに秀れていても、そのような形の公開を欲しない社会では、やはりプライバシーの侵害であって、違法性を否定することはできない」というものでした。
相手が嫌だよというものを無視して、自分都合でものを進める。まさにハラスメント原理そのものです。おじさんが「髪切った?」と聞くだけでセクハラ認定される現代で、なぜ週刊誌だけが見逃されてきたのでしょうか?
タモさんはいまならセクハラなのか
こたえづらいなそれは
箕輪氏がおっしゃってました。「テレビタレントや上場企業の社長は週刊誌を訴えることができない。なぜならば週刊誌を訴えると、さらに週刊誌からの嫌がらせ、攻撃が強まったり、SNSで騒がれたりするからです」
そして「その沈黙が週刊誌の今の暴走を助長している」と指摘。まさに今回の動きは出版社の利益と企業理念、職業倫理、職業人としての美学のぶつかり合いになります。
週刊誌がネタにするもの。それらの中には思考停止に陥っている社会へ再考を促す、珠玉の記事もたくさんあると思います。一方で、著名人の不倫、離婚、略奪、二股などのトラブルなどは「ああ、不倫すると面倒だな。不倫はやっぱり駄目なんだな」と抑止力的な目的で書かれているとしたら大きなお世話だと思います。
ビートたけし氏もあの会見で仰ってました。「茶の間に与えた影響ということだったら、親子の関係で言えば親は子どもや家庭を守るし、オレは愛人もいたからね、それを守っただけで。その行為に対しては実際悪いと思っている。ただその暴力行為だとか集団でもみ合った。それは親が子どもに言えばいい。たけしが悪いってね」
そこを正義の置き所にしている
箕輪氏の「テレビタレントや上場企業の社長は週刊誌を訴えることができない」に加えて言わせていただくなら、基本的に後ろめたく、恥ずかしく、ほめられたことでないものを巧みについてくる。週刊誌「あなたたち恥ずかしくないんですか!」とさも高潔な主張をもって黙らせる。「いや、ウチはもっとすごいの掴んでいますよ」と圧をかけてくる。
被写体「ちょっとこっちのプライバシーは…」週刊誌「じゃあそんなことしなければいいでしょう!」
週刊誌の正義は海軍の正義に似ているな

ONE PIECEにおける海軍の正義は、世界の秩序と市民の安全を守ることを理念とし、海賊の暴力や略奪を取り締まる役割を担っている。コビーやスモーカーのように、人を守るための正義を信じる海兵も存在する。一方で海軍は世界政府や天竜人の利益を優先し、不正や虐殺を黙認・隠蔽してきた。オハラ事件や七武海制度はその象徴であり、海軍の正義は「守る正義」と「権力を守る正義」が混在している。
「権力を守る正義」は「自社の金稼ぎ」に置き換えられそうねアータ
箕輪氏の戦略「名誉棄損ではなくプライバシー侵害」。はたして箕輪氏は半世紀以上前の判例を、令和の新常識に昇華できるか!
わんちゃら!は箕輪さんを応援します!
ちょっと!『宴のあと』どんな本なのよ!読みたくなってきたわアータ!
いよいよ次回は『宴のあと』に迫る!






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