この記事は』『やし酒飲み』を読み、アフリカの死生観に触れることを試みたものです。
この記事 こんな思いで書いています
この書評は、本の内容を整理するだけでなく、
中年期に感じる行き詰まりをどう越えるか
という視点で書いています。
※本の要点を先に知りたい方は、途中の見出しから読めます。
※ここからは、個人的な実感や迷いも含めて書いています。
note、始めました
中年の危機。
人生後半戦を迎える我々に静かに忍び寄る「オトナの厨二病」。
自虐と不安と後悔と。時計の針は狂おしいほど早く回る今日この頃。
note、始めました。
55秒解決…その先へ。

夏は「死」の季節…
『DEATH イェール大学で23年連続の人気講義 「死」とは何か〚完全翻訳版〛』
2026年夏は「死」がテーマ!
◇公開講義「Death」は世界的な人気を集め、著書『Death』にも発展!
シェリー先生散歩に行こうよ絶対暇だよ
まだ言ってんのか

『異人たちとの夏』feat.『中年クライシス』
◇似ている。だが、そんなはずはない……
妻子と別れ、孤独な日々を送るシナリオ・ライターは生まれ育った浅草の町で、幼い頃死に別れた父母とそっくりな二人と出逢った。
日本の幽霊モノは最高峰よアータ

『バカの壁』と『死の壁』
◇人は必ず死ぬ。死なない人はいない。誰もが通る道ながら目をそむけてしまう「死」の問題。我々は「死」といかに向き合うべきか。

脳が理解できない領域
それを壁という
そしていよいよ第4弾!「死」を取り扱う外国の小説にスポットを当てます!
Help me! ~いやあ、しんどいなあ
今回のお悩み:
「外国の死生観を知りたい」
これでしょ
Who are you? ~どんな内容?
132冊目はこちら!『やし酒飲み』(岩波書店 2012年10月16日)でございます。
著者はエイモス・チュツオーラ氏。1920年6月20日、現在のナイジェリア南西部に位置するアベオクタ出身。ヨルバ人の家庭に育ち、両親はココア農園で働くキリスト教徒。幼少期は経済的に恵まれず、学校教育を受けた期間はわずか6年ほどで、父親の死をきっかけに学業を断念。しかし、ヨルバ民族の神話や昔話、口承文学に深く親しみ、それらが後の創作活動の基盤となります。1946年に執筆した代表作『やし酒飲み』は1952年に出版され、独創的な英語表現と幻想的な物語世界が国際的に高く評価され、アフリカ文学を代表する作品の一つとなりました。1997年6月8日に76歳(満年齢)で死去。現在でも、アフリカ的マジックリアリズムの先駆者として世界中で高い評価を受けています。
ここで大きなポイントがひとつ
正規教育を受けた期間が短かく、かつ就学を断念せざるを得ない状態だったにもかかわらず、チュツオーラは小説を英語で書きました。
それにより独特の表現となり詩人ディラン・トーマスからは「簡潔、凝縮、不気味かつ魅力的」(引用:Wikipedia)と評価される一方、母国ナイジェリアからは「後進国として馬鹿にされる」という危惧のもと批判されます。
これがこの小説の特徴である「です・ます」や「である」が入り混じる文体として成り立っている理由です
表紙あらすじから
「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった」ーー。やし酒を飲むことしか脳のない男が、死んだ自分専属のやし酒造りの名人を呼び戻すため「死者の町」へと旅に出る。旅路で出会う、頭ガイ骨だけの紳士、幻の人質、親指から生まれ出た強力の子……。神話的想像力が豊かに息づく、アフリカ文学の最高傑作。
引用:『やし酒飲み』(表紙)
イカレているわねアータ
世間様の評価が高いこの本。表紙にあるこのあらすじを見て、純度100%の高揚感を抱きページをめくった私でしたが…
今回は忖度なし!嘘偽りのない感想を交えお送りします!
完全ネタバレでお送りします
『やし酒飲み』ネタバレ完全ガイド!
死んだやし酒造りを探す旅へ
町一番の大金持ちの父親を持つ、やし酒を飲むことしか能がない主人公。父親はそんな放蕩息子に専属のやし酒造りの名人・ベイチイを雇ったうえに、9平方マイルのやし園をプレゼント。
東京ドーム約500個だって
これ父親虐待でしょアータ
友人にやし酒を振る舞う男。やし酒を目当てに近づく友人。しかしやし酒名人ベイチイはある日やし酒を採取中に木から落ちて亡くなってしまう。

ダルク行け
ダルク!
もうやし酒がない。造ってくれる人もいない。離れていく友人たち。そんなとき、主人公はある古老の言葉を思い出した。

ベイチイの居所を探してやる!そしてまたやし酒造りをしてもらう!
その行動力を他に生かせないのアータ?
必殺の変身道具「juju」と奇妙な生物たち
ある晴れた朝、主人公がもって生まれたジュジュ(juju)と父のjujuを全身にまとい、粗暴な野獣や未知で奇妙な生物がいる奥深い森林(bush)に入ります。なので明確に言うと森林探検記に近い。
ここで理解しておかなければならないのが、いまなおアフリカ人にとって森林は「恐怖の対象」ということです。
巻末の解説によると、神々が住む森林は、伐採が進んでもいまだ人の入りこめない濃密なヤブであり、人間は覚悟を決めて入らなければならない場所なのだそうです。
1952年当時であれば、より未知の世界だったことでしょう。我々現代日本人が思っている以上に大冒険!
ところでjujuってなあに?
西アフリカに伝わるjujuとは護符や呪文や霊的な力を宿す物品のことをいう
いやあ、このjujuとかいう道具が反則なんですよ。飛行機のような、大きな鳥に姿を変え5時間飛んで危険地域を通過するとか、トカゲに姿を変え敵のアジトを探るとか、妻を木の人形にして主人公のポケットに入れるなど、どんなピンチでもこれで乗り切ってしまう。
さらにjujuの加護を受け、物質に命令し意のままに操る霊的な力も発動。ロープに命じて敵を締めあげる、敵に山羊を捧げるなどやりたい放題。
山羊を捧げるって何よアータ
このチート級の道具や術をもって、やし酒造りのベイチイを探しに行く主人公ですが、途中、ベイチイの居場所を教えてもらうため、死神を捕まえる、また町長の娘(のちの主人公の奥さん)を「頭ガイ骨」から救い出すミッションをこなしていきます。
かぐや姫の要素が入っているわねアータ
妻をめとった主人公。この妻が道中「この男は、すばらしくよく働く労働者ですが、将来はすばらしい泥棒になるでしょう」といった予言を繰り出すようになります。それがまた主人公を助ける!
ところで奇妙な生物ってなあに?
両手両腕さらに頭の外皮と肉を借りて活動する「頭ガイ骨」、のちの妻の親指から生まれた強力の子、クリーム色した女の形をしたまぼろし、カメの頭のような恰好をして大きさが象ぐらいある30本以上の角がコウモリ傘のように開いていて大きな目が頭を取り巻いている鳥、幻の人質「ギブ・アンド・テイク」、もの凄く大きいまるで巨人のような頭は直径10フィート(約3メートル)の大きなツボのような形をしていて額には鉢くらいの大きさの大きな目が2つくっついていて誰かを見ている時はいつもグルグル回転している男etc…
チュツオーラ変なクスリやってないアータ?
主人公の設定
そして旅の序盤から主人公は出会う人々にこう言います。

恥ずかしくねえのか言ってて!
さらに!

たとえば本書のある箇所には明確にこう書かれている。
わたしたちは、とっくに「死」を売ってしまっており、従って二度と死ぬ心配はなかったので、腹を据えて足を止め、彼女に、こさせて好きなようにさせてやろうと、待ちかまえていた。しかし「恐怖」の方は売っていなかったので、彼女が怖くてたまらなかった。
引用:『やし酒飲み』(P93 )
唯一「恐怖」だけ感じる以外無敵
ちなみに小説が出版された1952年当時、70ポンド18シリング6ペニーは約71.970円(当時の約14か月分の給料)、3ポンド10シリングは約3.552円(約3週間分の給料)。
現在だと70ポンド18シリング6ペニーは約57万5000円で3ポンド10シリング約28.400円
ラムノアータ57万払ってミーを無敵にしなさい
ベイチイと「死者の町」で再会
そんな中。
ベイチイが「死者の町」にいることを突き止めた主人公!
その後「死者の町」にいるベイチイに会いに行くまでに「幽霊島」や「不帰の天の町」「赤い町」と妻と共に訪れる!
ONEPIECEみたいですね
そして主人公と妻はついにベイチイと「死の町」で再会!
自分がどうやって死んだのかわからないというベイチイに、主人公は「やしの木から落ちた」と教えます。すると…

いやお前も飲んどったんかい!
その後「生きている人とは一緒に暮らせない」という、いままでの内容が何だったんだくらいな、非常にまともな理由で別れる主人公とベイチイ。
そのかわりベイチイから「卵」をもらう主人公。

このあと「山の生物」から逃れ無事に故郷へ到着!
家に着いた三日目に、妻とわたしは、妻の父の町に訪ね、すばらしいふんいきの中で、お互いに再会を喜び合い、そこで三日間滞在してから家に帰ってきた。やし酒のみと専属のやし酒造りの物語りは、これでおしまいです。
ところでわたしたちが帰ってくる前に、わたしの町は大飢饉に見舞われていた。
引用:『やし酒飲み』(P161~162)
ところでじゃないよところでじゃ!
「卵」と「大飢饉」とわたし
理由は「地の神」と「天の神」のケンカ。一緒に狩りにいったふたり(?)だが、獲物がネズミ一匹。最後はこのネズミを独り占めしたい者同士揉めた。
しようもない展開

だれこのおじさん
で、主人公はベイチイからもらった「卵」を使い、まずは家族の食べものや飲みものを産み出すように命じる。その後むかしの友だちを呼ぶ。乱ちき騒ぎ。一向に帰らない友だち。
友だちでもなんでもないだろ
「卵」に大判小判を命じるとザクザク出てくる。やがて評判を聞きつけた町の人々から各地の王様まで主人公のもとを訪れる。もう面倒くさいので、主人公は「卵」を群衆の真中においてやった。
その後町の人たちが浮かれて踊り始め、そのはずみで「卵」が割れる。もう何を命じても産みださない「卵」。主人公を罵倒して帰る群衆。
ようやく大飢饉を解消するために話し合いを始めた主人公。

結果また雨が降ってきた
おしまい。
許されるのこれでアータッ!
アフリカ人の死生観
ここからは本作訳者による巻末寄稿「チュツオーラとアフリカ神話の世界-『やし酒飲み』の宇宙論的背景をめぐって」(土屋哲)から抜粋してご紹介します
縄張り~生者と死者
チュツオーラは生者と死者を明確に分けて考えています。これはアフリカ人の部落主義の端的反映ならびに多数部族が共存するために、相手部族の主権を尊重し合うといった生活の知恵からきているそうです。
あそこの電柱にはあえておしっこをひっかけないってことだな
赤ん坊の死者
ナイジェリアの文学評論家オグンディペによると
「死者の中でもとりわけ赤ん坊の死者が、ヨルバ部族民の心に、もっとも悲惨なものと映るのだ。というのは、アフリカでは乳幼児死亡率が異常に高いため、アフリカの他の部族民と同様、ヨルバ部族民の心情は、とりわけ子供たちの悲惨な運命に苛責を感じるからだ」
引用:『やし酒飲み』(P206)
社会的背景が色濃くでていますね
この物語に現れた限りの「死生観」
今一度オグンディペ
「死は、ここでは恐怖に値しないし、むしろ、やし酒飲みと死んだやし酒造りの邂逅のくだりで、チュツオーラが鋭く明示しているように、生者と死者の二つの世界は、別個の世界ではあるが、同時に共存するものである。つまり、ここに存在するのは、別個の世界だという知覚と容認であって、西欧人の意識の中に見られるような、死者に対する、過激な恐怖の反動とか、身の毛のよだつような畏怖などは微塵もない」
引用:『やし酒飲み』(P206)
死が身近であり彼等にとっては部族生活なので養老先生がおっしゃる「二人称の死体」が主なのかもしれませんね
もっと『やし酒飲み』を知るために
こんなに眠くなる本はひさしぶり
これディスっているわけではないのですが…
とにかく眠くなる内容です。

面白くないのねアータ
面白くないというか、何でもありの展開に加え、心理描写まったくなし。何て言ったって死ぬことは無いのでドキドキ感もない。訳者が極めて素晴らしい仕事をされており、文体が平坦(おそらく原作もこんな感じなのでしょう)で、表現も稚雑。だらだらと似たような話が続く。色々なところには行きますが、しょせん「森林」という世界のなかでの話なので全く代わり映えがしない。モブがすぐ死ぬ。奇妙な生物描写も表面的な特徴のみなので、まるで小学生の作文を読まされているかのようです。
電車の中、就寝前、休みの朝…
ページをめくると強烈な眠気に襲われる
評判が高い本なので、自分にこの本を理解する力がないのかと自問したり、本読みとしてアフリカ文学の傑作を楽しめないって情けないだろと自責したりとなかなか忙しかったのですが…
もし私と同じような方はとりあえず巻末の解説から読まれることをお勧めします
この作品の背景を知れば、この独特の文体も楽しめる…いや私は最後まですぐ眠たくなりました。
このあとは巻末の解説から面白そうな箇所を抜粋しました
夢はカジ屋
学業断念後、チェツオーラはカジ屋(鉄工)の技術を習得。1941年から45年までカジ屋として英国空軍(RAF)部隊で勤務。終戦後は自力でカジ屋開業を決意。資金集めに奔走する傍ら『やし酒飲み』を執筆、出版。名声を得るもチェツオーラは徹底してカジ屋にこだわり職業作家にはなりませんでした。
なんでそこまでカジ屋になりたかったの?
もちろんそこには、自立したいという自由へのあこがれもあったであろうし、とりわけ技術が崇拝されるアフリカ社会の、中でも農業社会でのカジ屋のもつ社会的地位も考慮されなくてはならないだろうが、しかし何よりも、ハロルド・R・コリンズが「チェツオーラは、鉄を鍛える仕事が大いに気に入り、金属を曲げたり、型どったりすることに、一種の芸術的喜びを感じていた」と指摘している。鉄工という職業がもつ芸術性が、無口なチェツオーラの芸術家気質をゆさぶったからだといえる。つまり、農業中心のアフリカ社会では、カジ屋は、生活と芸術が一体化した職業であり、同時にヨーロッパの錬金術的な魅力を持った職業だといえる。
引用:『やし酒飲み』(P189)
ナイジェリア人の評価が低い
出版されてから間もないころの各評論家からの指摘です
J・V・ムルラ氏:
「1、伝承的民話の盗作にすぎない。2、現実に役に立たない神話的思考法を奨励している。3、西アフリカ文学を袋小路に追いやる危険がある。4、高圧的な西欧人に、迷信を信じるナイジェリア人というイメージを与え、植民地支配・保護政策継続の口実を与える」(『ネイション』誌、1954年9月25日号)
引用:『やし酒飲み』(P220)
さらに「風変りで不正確な英語語法」に関しても…
J・ガンザー氏:
「ナショナリストたちは、ジュジュについて話すのを嫌うのと同様、ピジン英語を使うことをいやがる。これらは、彼らにとって廃棄すべき古き因習なのだ」という、独立を悲願するナショナリストやインテリたちの忌み嫌う要素を、チェツオーラの世界がまさに具備していたからだ。
引用:『やし酒飲み』(P220)
ピジン英語とは異なる言語を話す人同士が意思疎通を図るために作った簡易な英語のことをいうそうです
ちなみに『やし酒飲み』は1946年に書かれ、1952年にロンドンで出版されています。出版された1952年はまだナイジェリアはイギリスの植民地(独立は1960年)でした。
当時のイギリス人が絶対的優位からただの物珍しさで評価したのかもしれない
そこが透けて見えたように感じたから母国の方は怒ったのでしょうね
チェツオーラがあえて狙った可能性はあるのかしらアータ?
Present for you💐 ~揺さぶるフレーズ
やし酒造りからは卵をもらい「死者の町」に着いて三日目に、その町を出発したが、その時彼は、別の近道を教えてくれた。そしてその道は、今までのような森林ではなく、れっきとした道路でした。
引用:引用:『やし酒飲み』(P137)
主人公にとって、ベイチイはやし酒を産みだす「打ち出の小槌」だった。ベイチイは自分の代わりに新たな小槌である「卵」を「金のように大切にしまっておいてください」という一言を添えて渡しただけでなく、きちんとした帰り道まで教えてあげた。
それなのに再び同じ過ちを犯す主人公
でもやし酒造りは酔っぱらって転落したんでしょ自業自得じゃん
juju使って「卵」復活させたり
やし酒作ればいいじゃないアータ
ゆるしてあげて最終的に大飢饉から救ったんだから
Thank you! ~55秒解決!
【今回の55秒解決】
「生者と死者の区別を実社会の部族間の付き合いと重ねているのが面白かった」
うそおっしゃい眠くなるって言ってたでしょアータ
Let’s try it! ~いまからできること
①自分に合わないなという本に出会ったら巻末の解説を読み違う視点を学んでから再チャレンジする
②作品の時代背景を学ぶと理解が深まる
③異なる文化圏では見方が違うことを再確認した


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